「早大劇団・自由舞台の記憶1947-1969」 福岡市赤煉瓦文化館

teru10162018-02-21


19時〜 演劇書を読む会

著者 「自由舞台記録集」編集委員会

早稲田・学生劇団「自由舞台」。ここに青春を捧げた若者たちは、自身の生きざまにどんな刻印を残したか。
各年代ごとのメンバーが綴る22年間の軌跡。しかし、「早大劇団・自由舞台」は実は1969年以降も続いていた、
今回の読書会では主に1969年以降の「早大劇団・自由舞台」について小郡市在住の舞踏家原田伸雄氏のお話を聞いた。。

〔原田伸雄氏略歴〕
1949年、福岡生まれ。早稲田大学在学中、劇団「自由舞台」でアラバール作品等の演出を手掛ける。
笠井叡の「丘の麓」(1972年/客演: 大野一雄)を観て舞踏の持つ劇薬のような混沌に触れ、演劇から舞踏へ転身。
1972-79年、笠井叡の主宰する「天使館」に参加。1980年から84年まで東京で舞踏結社「青龍會」を主宰。
1985年福岡に帰郷。約9年の沈黙を経て94年に福岡で「青龍會」を再結成。
現在、福岡を拠点に『舞踏の現場(GENERATIVE BUTOH)』を標榜し、芸術と反芸術の境界線上をシリアスに往還中。
舞踏「青龍會」主宰。 以上、薙野さん作成のレジュメより。

原田さんとは4年前に「詩を生む身体」の読書会でお会いしている。
覚えてくださってないのはしょうがないね〜シュン。。
今回は奥様と他にも舞踏の方2名での参加。相変わらずダンディでかっこいい。
語り口もソフトで、お話しされる早大の時の様子のヘビーさは想像できない。
昔はみんなお金がなかった。しかもあの時代は政治色が濃く大学内を包んでいて、
予断を許さない状況だっただろうに、なんだろう、この高揚感は。羨ましいほどだ。
当時を語るほどに「誰だったっけ・・」と奥様と悩まれるがすぐに名前が出てくる。
その中には私もよく知っているような有名な人も多くて本当に驚く。
よくこのお年でこの記憶力。私は8つほど年下だけどもう全く昔の記憶に自信がない。
なんだか、ちょっと落ち込んでしまった。。

あっという間の2時間で、結局語りつくせなかったということで、次回もお越し願うことになりました。

8名の参加でとても楽しかった♪講演料お払いしなくていいのかしら。。汗